投げやりとかじゃないです、決して。 誰でもみんな、思うままに、が理想のはず。
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昨日寝る前に、ふと思った。
あれ、私何をしに来たんだっけ。
大学で演劇やってみたいと思ってて、やっとそれが体現できる場所に所属した、はずなのに。
私は今、何をしてるんだ。
悩んでることの発生源は、確かに大体がその「演劇というジャンルに属してる場所」からではあるけれど。
内容は、「演技に関して」とかの芝居絡みの問題じゃない。全然ない。
私は今、芝居をしてないから。
人間関係とか仕事のこととかくだらない嫉妬とか小さなこだわりとか。
関係ないことばかりで頭がいっぱい。
私は何がしたくてここにいるんだ。
って思ったら、ばかばかしくなってきた。
何がって、しょーもなさすぎる自分のことが。
大事かもしれない、大事な問題なのかもしれない、でも、違う、なんか見失ってる。
芝居がやりたいんだ、それだけを考えればきっとどうでもよくなるのかもしれない。
ああこの考え方がずっと続けばいいのにな。
昨夜は先輩と、久々にご飯を食べながらゆっくり話ができた。
解決策が見つかったわけではないけれど、すごく楽になれた。本音が出せる相手がいるというのはありがたいことです。同じ考えを共有できる存在に感謝。
それが今の状態、前よりは少し進んだ段階。
そのうちまた次の(前向きな、という意味での)段階に進められたらいいな。
・観た芝居
『法王庁の避妊法』演劇事務所99’
時間的に、見に行けないと諦めてただけに、行くことができてかなり嬉しかった。
この劇団さんの舞台は初めて見たけど、さすが経験豊富な劇団は、舞台美術からもう素敵。
最初の方は、背景をぼんやりしか見てなかったのでなんとなく林のモチーフなんだと思い込んでたら、ただの一枚板に薄い布をたるませて掛けただけなんて。衝撃。造りがシンプルだからこそ、なんでもない空間にも、林にも雨の風景にも見えた。
サークルのOGの方を初めて見たけど、無邪気なようなとぼけたようなキャラが、妻でも女でもあるけど少女みたいにも見えて可愛かった。医者と助手の方は、セリフとして医療用語のオンパレードは大変だったろうな。劇ってこと忘れて勉強させられた気分。参考になりました。高校時代の、保健の授業を思い出してた。
実話を基にした話だけあって、明治時代の日本なのにリアルに感じることができてしみじみしました。
疲れたのか寝過ぎたのかもわからなくなってる。頭が重い。
こんなテンションで書く内容じゃないはずなのに。
10年ぶり?ぐらいのディズニーランドと、三度目のお台場。泊まりがけで行けるなんて、なんて贅沢!
生憎の雨、でも楽しめたんだと思う。暑すぎないのはいいことだし。
ただ、さすがに二時就寝四時半起床はハード過ぎたかな。
その数日前から、手伝ってる公演の仕込み準備→バイト→仕込み→バイト→仕込みだったもの。頑張った!
寝不足で乗るジェットコースターは怖さ倍増(笑)
夏休みらしい、思い出ができた。
このタイミングで、ここから抜け出せて良かった。
あっという間だったけど。
夢の国と冒険の世界は現実逃避のためにあるんだ。
精神的に弱すぎる自分の甘さを自覚した。や、自覚は前からだけど。
ヤなことがあるとすぐ体調に出ちゃうのは昔からだもんなあ。
誰かに話せたら簡単なんだけどそうはいかないのが現実で。
自分で言うのもなんだけど、そこは昔と比べて大人になれたのかなあ、と。
ヤなことがあるっていうのはたいていそこに誰かが関わってるってことで、つまり愚痴を言うっていうのは誰かの悪口を言うことになるわけで。第三者に愚痴を言うってことは要するに自分の味方を作りたいんでしょ?汚いや。って自分にツッコミたくなる。あるいはその自分の不満が随分身勝手なもので、他人から見れば単なるわがままでしかないことを分かってるのかもしれない。自分が間違ってるってことを、自覚してても人には指摘されたくない、みたいな。ヤな状況なんじゃなくてお前がヤな人間なだけじゃない、てこと。
うわああ暗い!
暗い、部屋が暗いのは空が曇ってきたからだ!んで夕方やし。
試しに一ヵ月ぐらい、こっから離れてみたらスッキリするんかな。
悩んどる世界が狭いわあほー。
お前が蟻やったら迷っとるうちに踏み潰されとるわ。
ちがうちがう、この中でどうやってくかでしょう、問題は。
逃げ方じゃなくて。
たぶん、もがくよりはじっとしてる方が賢いんだろう。
成るように成るさ。こなせ。
今日のバイトはラストまでだ。こなすぞ。
・観た映画
『寝ずの番』/マキノ雅彦監督
落語界の師匠が死ぬ直前に望んだことを弟子たちは勘違いし、恥ずかしい失敗をする。一番恥ずかしい思いをしたのは、その勘違いのせいで死に際の師匠の上でパンツを脱いで見せるはめになった弟子の嫁。
死んでからも通夜の席で出るのはおバカな思い出ばかり。
あげく、落語の演目で「死人と踊る」という内容があったことを思い出した弟子たちは、師匠の死体を担ぎ出して踊り出す。下ネタとバカバカしさに溢れてて、でもいい話だったりして。
中井貴一って情けない役も似合うんだな。
人が死ぬということを、あまりにもあっさり扱っているのに何故か少しも不快じゃなかった。
死に方があっけないせいなのか、それを受け入れる弟子や周りの人の思いというか愛情表現みたいなものが重くないせいなのか。
艶歌の歌詞って、直接的「下ネタ」が何の恥じらいも無さ過ぎて笑える。
苦手なはずの「死」と「下ネタ」をすんなり見れた。新境地だ。
最近の、夕方から夜にかけて急に降る激しい雨と雷。
ゲリラ豪雨と呼ぶらしい。
昨日はバイト中に一時停電になったりして、まあまだ外明るかったしお客さん誰もいなかったから差し支えなかったけど。ひどい暴風雨と雷鳴。
バリバリバリ!ってホントにびっくりするぐらい大きい音で空が割れるかと思った。
で、わくわくしてた。
急に鳴る音にビクッてしながらも、外見えなくなるくらい窓に叩きつけてる雨とか見たときのテンションの上がりようと言ったら。
もう一人、バイトの人がいたから抑えてたけど。
うきうき?してた。
なんでだろ、台風とか雷とか好きだ。
晴れの日や曇りの日も好きで、中途半端な雨は嫌いで、授業ある日は晴れも雨も嫌いだけど
豪雨暴風雨雷雨いやそれよりその直前の不穏な風の時がすごく好き。
一度、台風が来る直前の湖に行って、鳥以外に誰もいない湖岸で暗くて静かな水面と空を見たけどすごい気持ち良かった。
安全が、保障されてるからだと思う。
悪天候によって深刻な被害を受けるような状況じゃないから、呑気に楽しめるんだ。
せいぜい、実家のカーポートが割れて飛んで手とか切ったくらいの経験しかないから。
だからはしゃぐのなんて不謹慎かもしれない。
どしゃ降りの雨の中にシャツ一枚で飛び出したり、暴風の中で傘を広げて飛ぼうとしたり、が許されるのは子供だけ。
いい加減にしなさい。
大人になるのってつまんないや。
・観た映画
『ホテル ビーナス』
キャストは日本人と韓国人が7:3くらい?で、舞台は欧米のどこか。(たぶん仮想の町)なのに、全編韓国語。なぜならチョナンカンだから。Love psychedelicoの曲使ってるから観てみたかった。
とにかく出演陣が豪華。チョイ役に松尾貴史とか田中要次が出てるぐらいだもん。びっくりするわ。
うーんでも、曲挿入のタイミングなんかは微妙。そのフレーズを、そのシーンにタイミング合わせたい気持ちはわかるけどちょっと強引…とか、そのイントロは確かにすごく良いしカッコイイんだけど使いすぎ…みたいな。
ストーリーは良かった。皆ハッピーエンドになるのは、斜めに見れば都合よすぎとも言えるかもしれないけど、やっぱり良い話は気持ちが好い。いや、でもなあ、最後の香取慎吾は余計な気が…そんな遊びはいらないよ。と。現実に引き戻されちゃった。
ボウイ役の、若い男の人が良かった。虚勢を張る青年そのままな感じがして、かっこ悪くて情けなくて、でも強がっててそれが苦しそうで。
人を思うっていうのは、好きになるっていうのは、誰でも永久を望みながらのものなのかな。
ずっと、このきもちがかわりませんように。
って思ってるものなんだろうかってこと。
過去に未練があるとか忘れられないとかいう人は、そういうことなんだと思う。
…いや、そうとは限らないか。
時間が過ぎれば過ぎるほど、相手との距離が遠くなればなるほど、気持ちが強くなってしまう、みたいな。
逃がした魚は大きい、みたいな。ちょっとヤな表現だけど。
あるいは、本当に、本気で、「人生で一番好き」だった場合。これはもうしょうがない。
他人がとやかく言えるものではない。その強さに感服です。
今でも好きだと言うのは自由です。忘れたいと思うのも自由。忘れようとして他の誰かを好きになってみたりそれでも忘れられなかったりするのも自由。
私がそれを呆れて傍観してるのは、そうする以外にすることがないから。
無責任に応援する気にはなれないし。しちゃいけないし。
理想と現実の間で揺れてることに苦しんでるなら、私は現実側に立ってなきゃ。
で、あなたはこれからどうしたいんだ?
なんて意地悪な質問をする気はないんだけど。
恋愛って、苦しむためにするもんちゃうやん?
んなけど、思ってしまうもんはしゃあないよな、そもそもの考え方が違ううちにはそれが理解できんだけ。
冷たい言い方しかできんけどお前のやりたいようにやれとしか言えんし。
十年後くらいには、笑える思い出話になっとったらええな。
これ本人には直接言えないこと。
ずっと悩んでる友人から来たメールに、今私はなんて返せばいいんだ。
・観たお芝居
『ゆらめき』ペンギンプルペイルパイルズ/倉持裕
これ昨日観て、一回記事書いたのにまたもや全部消えちゃったから昨日は書き直すの諦めた。
で今日はリベンジ。
長いこと借りっぱなしで、なかなか見なかったのは正直言うとタイトルに惹かれなかったから。なんかマジメそうっていうかカタそうな印象が。
でも観てすぐ衝撃。舞台が素敵。
いや、まあ発想としてはそう珍しくもないんだろうけど。マンションの一室を舞台にしたら、そりゃそういう造りになるわな、ぐらいの。
でもなんか、箱庭みたいで、人形のおうちを覗き見てるみたいで。
ちょっとあのセットに触ってみたいと思った。楽しそう。
話の方は。
倉持作品は一貫して難解でセリフが独特、だから集中して観ないといけない。
のに。
そう思っていたにも関わらず、途中でメールとかしてしまって結局ストーリーがよくわかってない。
ばか。
もう一回見なきゃな。いつもそう、倉持作品は一回で話を飲めたことがない。
正直なのは誰で、何が嘘で、本気で言ってるのかわざとなのか、濁ったままで。
すっきりしないんだよなー。
え、で、結局あれは何だったの?ってのがいつもある。もやもやする。
だからもう一回見なきゃいけない気になるんだ。
ん?そういう作戦か!
なえちゃんがいい。ぼくもとさきこだけど、もうなえちゃんでいい。
なんであんなにおもしろいんだ。セリフ?動き?顔?自虐?好きだー。
一泊だけ、父の実家に行ってきました。
おじいちゃんち、ではあるのだけど
おじいちゃんはもうずっと入院中なので空家に泊まったということ。
おばあちゃんは私が生まれるだいぶ前に亡くなったから。
山に囲まれて緑が綺麗で空が澄んでて水が美味しい。
まさに田舎!っていう感じの町。過疎化が激しいらしい。
子どもたちがみんな自立して、一人で長い間この家に暮らしていたおじいちゃんも、歳をとって以前みたいに「元気!」ではなくなってた。
もう今年で99だもの。すごいよ。
病院の、大部屋で寝ているおじいちゃんの姿は
去年亡くなった母方の祖父を思い出させた。
まあ、老人ばかり入ってる病院なんてどこも似たようなものなんだろう。
口と喉と腹にまでチューブがつながってた母方のじいちゃんよりは、だいぶ楽そうに見えた。
でもぐっすり寝てて、私たちが来たことなんて全然わからなかっただろうな。
6年ぶりなのに。
でも起きてても私のこと覚えてるかどうかは非常に怪しいとこで…
お父さんのことも時々わからないらしいから。
家に帰って、「遺影を決めなきゃ」って会話を普通にすることも、違和感がなかった。
これがたぶん最後の対面だということも、みんなわかってるし、軽い感じで口にする。
そういうものなんだな。冷たいとか不謹慎とかそういうことじゃなくて。
人が死ぬということは当たり前のことで
悲しむのも当たり前
でもそれと同じくらい
「この人はもう時期」と覚悟するのも自然なこと。
突然や不意にではなく淡々と確実に訪れるものからは、目を逸らしてはいけないということ。
でも帰る時は皆、またね、と言って病室を出ました。
・読んだ漫画
『アドルフに告ぐ』1巻/手塚治虫
ある音楽雑誌で、某バンドのベーシストが薦めてたから、という、不純なキッカケだけど(笑)
あまりにも有名な人物アドルフ・ヒトラーを、日本人の視点から見る話。
手塚治虫が書く主人公(『アドルフ~』は誰が主役か決まってないけど)は、みんな人間臭いし時々醜い。
でも芯が強いし良い意味でも人間臭い。
感情のある人間と、冷酷な人物が必ず出てきて、無意識に自分は勧善懲悪の方式を望んでることに気づかされる。それを時には裏切ったりほっとさせてくれたり。
一巻はまだまだ序章で、全然核心にたどり着いてないけど、ヒトラーではない二人のアドルフがどう関わって、どう繋がっていくのかすごく気になる。何で一巻しか買ってないんだ自分。