投げやりとかじゃないです、決して。 誰でもみんな、思うままに、が理想のはず。
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『天切り松』/浅田次郎
最近の大ヒット。今年のハイライト(早い)。
天切り松シリーズ四作&天切り松読本(ガイドブック)
舞台は明治から大正へ移行した後の東京。
江戸から東京に変わり、人も街も「モダンでお洒落」で陽気に賑わってた頃。
そこで生きる、東京一の盗人集団「目細の安吉」一家のお話。
主人公の「天切り松」こと「松蔵」が、現代(と言ってもたぶん昭和頃)の留置場や警察署にふらりと現れ、そこにいる犯罪人だけでなく看守や警察署長などを集めて語り始める。
齢八十か九十にもなる松蔵翁の、その凛とした語り口はまるで昨日の出来事のように七十年前の安吉一家の暗躍を魅せつける。
ピカレスク(悪漢小説)っていう言葉に弱いです。
こういう、「筋の通った悪者」のお話。
実際にあっちゃいけないっていうか絶対にあり得ないだろうからこそ、ワクワクするのかもしれない。憧れ、みたいな。
だってめちゃめちゃカッコイイじゃない。
警察すらも一目置く彼らは決して貧乏人からは金を取らず、時には人助けや自分の見栄のために一文の得にもならない大仕事をやってのけたりする。
戦争で夫を失った母子家庭の家に、お偉い軍人さんの家から脅し取ったお金をそっくりそのまま投げ込んだりする。
読む前は、日本版「怪傑ゾロ」みたいなのかと思ってたけど、もっと複雑でもっと人情的でずっと粋。
主要人物が魅力的なのはもちろんだけど、他にもいろんな人間がでてくるから面白い。
山県有朋、森鷗外、東郷平八郎、竹久夢二等々...
実在した人物や、実際に起きた事件を、主人公たちと絡めて「起こるべくして起こった史実」に繋げていく様子はもう、フィクションに思えない。
これはれっきとした歴史小説に違いない、と思ってしまう。
日本史の教科書なんかよりずっと身近に感じられるし、生々しさもある。
2・26事件のキッカケとなった「相沢事件」なんて、高校の授業で習ったかどうかも覚えてない、塵ほどの記憶もないけど、このシリーズの中では一番衝撃的だった。
衝撃って言っても、びっくりしたとかそういうことじゃなくて、なんていうんだ…
ズシン、ドスン、みたいな。響いたっていうのか。
印象的というか、あーうまく言えない。
とにかく、簡単に言うと「皇道派」の相沢三郎という人が「統制派」の永田鉄山という人を斬殺した事件の話が、すごかった。
「自分には神が宿る」と言って刀を振った相沢は、変質者とか異常とか言われてたらしいけど、
杓子定規すぎる性格や妻を愛する不器用な言動なんかは、年表見ただけじゃわからない。
だからこの相沢という人の姿を想像するだけで、涙が出そうになる。
どっちが正しいとかそういうことじゃなくて、どんな人物だったのか、どんな顔でどんな性格だったのか、そっちの方が大事だと思うんです。だってほんとに生きてた人間なんだから。
浅田氏は、この事件について小説を書こうとしてたこともあるらしい。
ぜひ書いてほしい。
天切りシリーズもまだまだ続くらしい。良かった。
あと、最近の意地も心意気もない犯罪者はみんな松蔵翁にどやされればいい。